« 意外なところで実感する年月 | メイン | 鹿児島人の切実な願い »
2006年02月05日
変わりゆく地元。変わらない友人。
僕は生粋の薩摩隼人だが生まれは東京だ。父と母は東京でばったり出会い結婚して僕ら兄弟が生まれたそうだが真相は分からない。両親共に鹿児島人だから当然僕は鹿児島人だ。僕が3歳の時に一家は鹿児島に移り住み、僕は高校卒業までを鹿児島で過ごした。東京での記憶は全くない。変わりに3歳からの鹿児島での記憶は鮮明にある。モノゴコロとやらは鹿児島でついた。僕のアイデンティティーは昔も今もそしてこれからも鹿児島にあり続ける。
僕みたいな上京組にとって、地元とは変わらないであってほしいものだが、地元に住み続ける者にとってはやはり便利になってほしいと言うか住みやすく変わってほしいものだ、ということをつい一ヶ月前の帰省で実感させられた。東京の暮らしにもだいぶ慣れた僕は、その住みにくさを味わうために帰省する感もあるのだが・・。
僕の地元に初めてコンビにが出来たのは僕が中学生のころだった。あれは感動した!用もなく立ち寄ったものだ。そして鹿児島を離れ、帰るたびにいろんなものができていった。最初はモスバーガーができ、TSUTAYAができ、マックができ、そして新幹線が通った。それでも友人は「こんななにもない田舎で・・」なんて苦笑いしながらそこに住み続ける。
今や東京・鹿児島間の移動時間は飛行機で一時間半だ。いや、それにも満たない。僕にとっては羽田から鹿児島に行くよりも、自宅から羽田に行くまでのほうが時間がかかる。子供の頃は寝台車にゆられ一日かけて横浜の親戚の家に遊びに行ったものだが。距離は遠くとも鹿児島に行くのに時間はそうかかるものじゃない。(金はかかる)でも歳を重ねるごとに地元は僕から離れていく。帰るたびに知らない街に変わっていく。母校には知っている先生もいなくなり、通ってた駄菓子屋も知らない居酒屋になっていた。
センチメンタルだ。それでも僕にとっての地元は鹿児島であり続ける。「これ以上変わらないでくれ」と思っては毎年帰り続け、友人は「こんな田舎町早く変わってくれ」と思ってはそこに住み続ける。
結局人は変わらないのか(笑)。一年に一度会っては同じ話をして焼酎を飲む。僕らに訪れた変化といえば、友人は目尻に笑いじわが一本増え、僕は若干前髪が後退しただけだ・・。
投稿者 さつまやスタッフ : 2006年02月05日 04:44
