« 2006年01月 | メイン | 2006年03月 »
2006年02月28日
給食について
各県または世代によって特徴がある給食。なにげに給食トークは盛り上がる。もちろんこの手のローカルトークはボクも大好きで、けっこういろんな人と話してきた。どうやらぼくらよりちょっと上の世代の時が一番華やかなメニューだったようだ。揚げパン、ミルメイク等は僕らの時代には過去の産物になりつつあったし牛乳はビンでも三角パックでもなく普通の形だった。牛乳は昼休み、男子の間では手榴弾と化す。牛乳を拭いた雑巾はその時点で殉職を遂げた。
世代を超えてコンスタントに人気を保っていたのがソフト麺。ここでもいろんな派閥が続出。一番多かったのは袋を開ける前に手で四等分にしてから食べる派閥。少数派では麺をこねくり回して餅状にして食べる派などがいたがこれは邪道である。
鹿児島では給食に奄美の「鶏飯」も登場し結構な人気を集めていた。異色だったのは「オレンジご飯」なるメニューでローセンスな栄養士が何を思ってか御飯をオレンジジュースで炊き上げた。栄養価はともかく、ご飯とオレンジジュースが見事にミスマッチで酢豚の中に潜むパイナップルのごとく敬遠された・・。
今もあのメニューは存在するのだろうか?
いろんな思い出が残る給食。給食着は登下校時はリフティングされるために存在した。欠席した日に限ってプリン。欠席した日に友人によって届けられるパンの虚しさ。乳製品が苦手で昼休みになっても給食を食べさせられ続けてた中村クン・・。引き出しの中にパンを蓄え続けた東クン。
給食をテーマにしたトークには終わりが見えない。各県の給食ローカルトークも気になるところ。。なので様々なコメントに期待(笑)。
投稿者 さつまやスタッフ : 04:52 | コメント (0)
2006年02月26日
日々押し寄せるデビューへの恐怖
暖かくなってくると、ボクなんかは気分もよくなるものですが、世の中には、特に都会には春の訪れに歓迎的でない人もいるようです。いわゆる、花粉症の方々。この症状は鹿児島ではテレビの中だけの言葉だったように思います。花粉症の人になんて会ったことなかった。親父が子供のころは「杉の木を揺すって降ってくる黄色い花粉をかぶって遊んだものだ」なんて言ってましたが花粉症の人が聞いたら身の毛もよだつような話だとか。。
猛暑の翌年は耳鼻科が猛烈に儲かるなんて話をききますが、これは猛暑の翌年は花粉症にかかる人が急増するためだとか。去年は・・猛暑」だったけ?なんか毎年猛暑って言ってるような・・・。「冷夏」って言葉を覚えたのもつい何年か前の話ですから(笑)。
これほど花粉症の人が増えたのは、戦後、植林された杉が生長し、大量の花粉をとばすようになったことが原因とされているようです。しかもその杉がアメリカから輸入した米杉だったことが問題らしい。向こうの杉の花粉量は半端ではないのだとか。どうやらアメリカは昔から日本に良いものを送る気はないようだ。
昨年は近しい人が見事に花粉デビューを飾り、ティッシュが手放せない生活をおくる破目になっていましたが、これは人事ではないのかも。。ボクはありがたいことにまだデビューしてないのですが、万人に症状がでる可能性があるといわれている花粉症。このコンクリートジャングル東京で働き続ける限り花粉症のリスクを背負ってることは確か。ハンズの花粉症コーナーに足繁く通う日もそう遠くは無いのかも・・・。
投稿者 さつまやスタッフ : 06:23 | コメント (0)
2006年02月25日
これしかないでしょう!!
今日はブログのネタに頭を悩ませる必要は無いでしょう!ついにやりましたね!トリノ五輪で日本初、そして女子フィギアでは日本どころかアジアのフィギア史上初の金メダル!!荒川静香選手、金メダルおめでとうございます\(^0^)/TBSで中井クンも言ってたけど、女子フィギアといえば夏季オリンピックで言えば男子100bみたいなものです。オリンピックの花形種目。そこでの金メダル。日本人としてこんなに誇らしいことはないでしょう!
なによりもアメリカ、ロシアを押さえての金メダルというのが実に気持ちいい(笑)。スルツカヤが転んだときの日本全国のリアクションは想像に難くない。相手のミスを願うことは良いことではないのかもしれいけど・・、しょうがないじゃん!先に演技終わっちゃったんだから(笑)。ボクは堂々と喜んでやりました。スルツカヤもかわいそうでしたけどね。ロシアのフィギア種目全制覇がかかってましたから。プレッシャーに耐えての堂々の演技に心から拍手。でも荒川選手にだってプレッシャーはあった。日本がメダルを逃したときの僕ら日本人の世界に対するいいわけはきっとこうだったはず「本命の浅田真央がでれなっかたから」。荒川選手はこの言葉を全日本人に飲み込ませましたね!感服しました。もちろん村主選手もミキティーもがんばった!
個人的にはサーシャ・コーエンが可愛かった(笑)。ひそかに応援してました。なにはともあれ荒川選手!感動をありがとう!!!!
P・S2割でも8割でも、サボってることにも実は意味があるんじゃないかということ!
投稿者 さつまやスタッフ : 07:46 | コメント (0)
2006年02月24日
サボることの大切さ。
女子フィギアの結果が気になる。今日は早く帰ってニュースを見たいところ。出来ればライヴ中継で見たかったが、ジンクスもあるので・・。とにかく早く結果を見たい。しかし、今日に限って書くネタが浮かんでこない。こういうときは仕事なんかはやめに切り上げて帰るのが吉。そもそもなんで人間はこんなに働く生き物なのか?キリギリスの気持ちも分からなくない。あ、良いネタが思い浮かんだので今日はそれにします。
「働き者」の代名詞「アリ」。そのアリについて面白い話を思い出しました。なんでも、最近の研究によれば、一生懸命働いているのは実はアリの中の20%らしく残りの80%は、働いているようにみえても、同じところをぐるぐる回っていたり、じっとたたずんでいるなど、サボタージュを決め込んでいることが判明したらしい。
では、働き者のアリは全体の20%しかいないかというとそうではなく、働き者のアリだけを集めると、いつの間にかその中の80%が怠け始めるという(笑)。かつて働き者だったアリも周りが皆働き者だと80%は怠け者になってしまうのだ。
人間の会社でもホントに働いているのは実質二割くらいしかいないといわれるらしいが・・。ボクが思うことは残りの80%のアリがまじめに働き出したら世界はアリによって支配されてしまうのではないかと(笑)。1匹2匹なら簡単にひねりつぶせるが100万匹のアリに襲われたら・・、黙ってお菓子を差し出すしかない。。八割のアリが怠けてくれてることに感謝。
投稿者 さつまやスタッフ : 03:40 | コメント (0)
2006年02月23日
密室サリンテロ防止対策?
さつまいも。鹿児島を代表する食材。ジャガイモ。やっぱり北海道かな?ほかにも山芋、サトイモなど芋は筍はあれど一年中食べられ安価な食材。そんな優秀な食材を敬遠する場所があるらしい。それが飛行機の中だ。今日はそのおもしろい理由について。
昨今の機内食には、世界各地の様々な食材が登場する。ところが、ごくありふれた食材なのに、どのエアラインの機内食にもイモ類はあまり登場しない。では、なぜ各航空会社はイモ類を使わないのか?
これは人間の生理現象を考えてのことらしい。ご存知のようにイモには他の食材と比べて、食物繊維が多く含まれている。食物繊維は胃腸で消化吸収されないため、腸の中で水素ガス、炭酸ガス、メタンガス、窒素ガスなど、あらゆる種類のガスをさかんに発生させる。
そうご想像の通り、イモ類が使われないウラには「機内にオナラの臭いが充満しては困る」という、笑うに笑えない事情があるらしい(笑)。
投稿者 さつまやスタッフ : 03:45 | コメント (0)
2006年02月22日
金メダルについて
「r−1グランプリ」を見逃した。だれが優勝したのかもわからない・・。お笑い好きには痛すぎるミス!トリノオリンピックで鬱憤を晴らそう。待望の女子フィギア!!今日3時かな?これにかけるしかない。今朝はカーリングで号泣。各番組を点々とする「チーム青森」を指先一つで追いかける。8チャンで泣き、4チャンで泣いた。6チャンはみのもんたにジャマされた。
トリノオリンピック・・・。それにしてもなかなかとれないっすね。メダル。ということで、というわけではないのですが、今日は金メダルについて。金メダルは純金製ではないというのは結構周知のことですが金メダル自体にはいくらぐらいの価値があるのか?最近の金相場と照らし合わせてズバリ7800円ぐらい!(ズバリなのにぐらいって!)これに銀台の価格とリボン代を加えて多く見積もっても2〜3万円くらいにしかならないらしいです。まぁあくまでも物自体の価値で選手によっては付加価値がかなりついたりするんじゃないでしょうか?
質屋が買ってくれるのかも謎ですが、何千万積まれても売らないというメダリストがほとんどでしょう。
投稿者 さつまやスタッフ : 03:56 | コメント (0)
2006年02月21日
じゃあ誰なのかというと、
以前「なぜ西郷隆盛像は上野にあるのか?」という問題提起をしてみたが全く反応は無く・・・。しょうがないので西郷さんに関する文献を読みあさってみた。しかし、難しい話は眠たくなるので、くだらないサイドストーリーにばかり焦点を絞ってしまいがち・・。すると上野の西郷像に関する興味深い話をは発見。どうやら上野のあの西郷隆盛像は西郷隆盛に似てないらしい・・・。
明治30年、上野の西郷像の除幕式のさい、式典に招かれた未亡人は「夫はこんな顔の人ではありません」とつぶやいたという。
あの像の作者高村光雲は、制作依頼を受けたとき、西郷隆盛の写真を探し回ったが、ついに見つからなかったという。そこで、やむなく鹿児島、浄光明寺にあった西郷の木像をモデルに制作に取りかかったが、木像じたいが、本当に西郷のに似ているかは確認がとれないままだった。
また、一般に知られている西郷さんの顔は、お雇い外国人のキヨソネが描いた肖像画だが、これも弟の西郷従道をモデルにしたものだと言われる。
あまりにも有名な西郷さんの顔だが、本当のところは、いったいどんな顔をしていたのか、今となってはよくわからなくなっている。
というわけで上野のあそこにたってるのは元横綱武蔵丸ということにしてもいいんじゃないかと・・。
投稿者 さつまやスタッフ : 05:37 | コメント (0)
2006年02月19日
ちょっといい小話?
その2
ある日の電車の中の出来事です。時刻は20時で帰宅ラッシュの為席に座っているほとんどの人は寝ている状態でした。 その中でシルバーシートに座っている青年がいました。そしてその前には女性の老人が立っていました。
「あんたはどんなつもりでそこに座っているんだい?」
老人は青年に向かって問いただしました。青年は答えません。
「席を譲ろうとは思わないのか?」
老人は続けました。
「黙ってないで答えなさい。恥を知りなさい。」
老人は何も答えない青年に腹を立てて怒鳴りました。そのとき、電車は駅に着き、青年は黙ったまま立ち上がりました。そして、右足を引きずりながらゆっくりと電車を降りていきました。
ホームに降りてからも青年は足を引きずりながら歩いていました。それを見た老人は顔を真っ赤にして下を向いてしまいました。
扉が閉まり電車が行った後、青年は何事も無かったかのように右足を引きずるのを止め、軽快に歩いて人ごみに消えて行きました。
さてこの出来事の中で、誰が悪くて、誰が悪くなかったのでしょう。。。
P・S 本文とは全く関係ない追記ですが、「酒との付き合い方(ボクと愛すべき2匹のトラ)」にコメントしてくれた方へ。トラとセットのゲコの苦労が思いやられます。酒よりもトラとの距離感に気をつけたいですね(笑)。
投稿者 さつまやスタッフ : 04:19 | コメント (0)
2006年02月18日
脱線に次ぐ脱線の末・・・
春めいてきたかと思えばこの寒さ。コーディネイトに困る季節の変わり目。今年は暖冬と違うんかい気象庁!!余談ですが、ボクは何年か前まで「暖冬」のことを「暖島」だと思っていた。日本列島が暖かいから「暖島」。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、ここでの「魂」は性格を現すらしいのだが、幼い頃に覚えたこと、教えられたことは大人になっても無意識に身についているもので、他人から間違いを指摘されてもそれを間違いとは認めたくないものである。間違いと分かっても・・・。
小さい頃に歌っていた「赤鼻のトナカイ」。ボクは「暗い夜道は〜♪」のところを「暗いよ、道は〜」とサンタがトナカイに話しかけてるもんだと思って歌っていた。今でも子供にはその方が伝わりやすいと思っている。磯野貴理子は「シャドウボクシング」なのになんで歩道でやっているにだろうと思ってたらしい。彼女が思ってたのは「車道ボクシング」(笑)。仲居クンは「家宅捜索」を「堅く捜索」と思ってたらしい。。「もっとよく(堅く)探せぇー!!」ってこと??(笑)
間違いを指摘するのは簡単なこと。でもshadow(影)=車道だなんてある意味すごい感性だと思いません?これを指摘してしまったらもうその人の中にその感性がなくなってしまうも同然です。僕ら人間はおしなべて勘違いしながら生きているようなものです。これから先おもしろい勘違いをしている人をみつけても頭ごなしに指摘するのでなくそっとその感性を見守りましょう(笑)。
これも余談ですが、ある人はボクに真剣な顔でこんな話をはじめました。「くまん蜂はあの体の大きさにしてあの羽の大きさなら物理学上飛べない」らしいのです。皆が思うように「じゃあなんで飛べるの?」と聞いてみました。その人の答えはこうです。「くまん蜂は自分が飛べないことに気づいていない」。だから飛べるらしいです。ぼくはその勘違いというか思い込みに甚く感動した。くまん蜂にでなくその人に。その理論を信じていることに。「勘違いで飛べるわけねぇーだろ!」そんなことを言うのは野暮。だからそっと見守ることに決めました。。
余談が長くなったので本論とさせていただきます・・・m(__)m
P・Sその2はまた機会があれば(書くネタに困ったら)。
投稿者 さつまやスタッフ : 07:18 | コメント (0)
2006年02月17日
トリノ五輪症候群?
さて、開会してから4日を終えたトリノオリンピック。ボクが持っている情報は3日目までのものだが、どこにチャンネルを合わせても日本選手団の不振が囁かれる。スピードスケート男子500b世界記録保持者の加藤は6位に終わり、モーグルの里谷と上村も健闘むなしく失速。スノーボードハーフパイプのホープ成田と今井の兄弟もともに敗れ、ジャンプノーマルヒルで原田は失格。未だメダル0の日本。みのもんたは原田を一喝「ベテランでありながら、あるまじきミス」と。
いろんな目線があると思う。意見は様々だろうが、スポーツ経験者のボクの意見は批判的なマスコミや世間に比べれば寛容だ。まず一言いいたい「じゃあお前らできんのか?」と。口を開けば一言目には「日本代表なんだから」「日本代表の名に恥じぬよう」である。そうじゃない。そうかもしれないが、そうじゃない。だいたいほとんどの人がこの一時期の間しか注目しないくせに、大会前から期待をあおるマスコミの後押しもあってかやたらと批判する。昨日の新聞にも書いてあったが、04年のアテネ五輪で37個のメダルを獲得したことで、日本国民の感覚がマヒしている。10個ぐらいは簡単に取れるのではないかと。期待が過剰なのは良い。愛国心の現われだ。残念がるのもいい。しかしその反動で批判が過剰なのはどうかと思う。そのシンドロームに腹が立つ。
日本でその競技をする力が一番ある人が戦った結果なのだ。僕らはその競技に対しては、その人達の足元にも及ばないところにいながら、すごく上からの目線で意見しようとする。批判するには世間はあまりにも無知だ。僕らが送り出した代表を僕らが批判するのは筋違いだ。素直にその結果を受け止めようではないか。一個でもメダルを多く日本に持ち帰ってほしいなら、もっとその競技に注目し、選手がいい環境で練習、競技できるような体制を整える。国がそう動くように僕らが流れをつくる。そうすべきだ。批判するのはそれからだ。
日本においては、サッカーや野球などのいわゆるメジャーと呼ばれるスポーツに比べると、他のスポーツをするには五輪種目になっていてもなかなか厳しい状況である。冬季大会種目に至っては特にそうだ。資金面であったり環境面であったり。そんな中で代表を勝ち取った選手団だ。僕らは彼らにもっと誇りをもって応援しようではないか。
投稿者 さつまやスタッフ : 03:20 | コメント (0)
2006年02月16日
ちょっといい小話
その1
とある事情で母を亡くし、父と離れ、教会の施設にあずけられた小さな女の子がおりました。
ある日シスターが子供たちを集め、お金の価値についておしえていました。
「ここに一円と十円と百円があります。一番価値が高いのはどれでしょう?」
子供たちはみな、百円を指さしました。ところが、その女の子だけは十円を指さしていました。
シスターは女の子にそれは間違っていると教えました。しかし彼女は首を横にふり、納得しません。
シスターは彼女を叱りました。それでも女の子は十円を指さし続けました。
数日後、シスターが女の子にあの時なぜ十円の方が価値が高いと答えたか聞いてみました。
すると彼女はこう答えました。
「ここの電話は十円玉しか使えないの。だから十円玉がないとお父さんの声を聞けないの。」
彼女は週に一度だけ施設にある公衆電話を使ってお父さんに電話をかけていたのです。
それを聞いたシスターは、あの時理由も聞かずに彼女を叱ってしまったことをとても後悔しました。
お金の価値はニュートラルなものですが、それを手にする人によって価値は変わるものなんですね。
次回はその2をお送りします。
投稿者 さつまやスタッフ : 03:28 | コメント (0)
2006年02月15日
2月14日という日に思うこと。
誕生日、クリスマス、そしてバレンタイン・・・。恋人のいない独身の者にはなんともはた迷惑な3大イベント。誕生日はまだしもクリスマス、バレンタインは一人身にはこたえるな〜。「義理チョコ」。この響きがなんとも切ない。なんでもっと「友達チョコ」とか「尊敬チョコ」なんて言い方できないのかと。まあ、それはそれで切ないか・・。
予定調和な義理チョコはむなしい。手作りでも「本命チョコ」の余りで構成された感が臭う。予想外の、流行語的に言えば、想定外のチョコは義理でもうれしい。チロルチョコでも好い。「えっ!オレにもくれるの!?」お返しもそんなに深い付き合いではなくても力がはいるものだ(笑)。小学生の時、親父からチョコを貰ったことを思い出す。「どうせ誰からももらえなっかたんだろ?」と差し出されたのはおそらくパチンコの景品のチョコ・・。こんなにむなしいチョコはないだろう。食ったさ。親父の手前喜んで(涙)。
しかし恋人、もしくはそうなりそうな人がいればこんな卑屈な考えには陥らない。この3大イベントに向けて生きていく。クリスマス、バレンタインがない世界なんて考えられない。そんな世界はティッシュにまるめてゴミ箱にすててしまえばいい。毎日がクリスマスであればいい(笑)ボクなんて根本的には、世界がディズニーランドで構成されていればいいなんて思っているおめでたいメルヘン野郎ですから。
学生時代もそうだ。今日がバレンタインだなんてことは忘れてた素振りをしながら靴箱を気にする。なんとなく引き出しに手を入れて探ってみる。今日は知らない女子から呼び出される。気がする・・。みたいな?もらえなくてもいいんです。なんかその非日常な空気が好い。
今となってはそんな青い気持ちも忘れてしまったみたいです。今年の収穫1.5個。(.5の部分は世間的にはカウントされないだろうが個人的な心情ではカウントしたいという気持ちから)悲観的にならずにはいられない。はぁ=3 今年も親父、チョコくれないかなぁ〜。
P・Sよしえさん、彼氏同伴でお待ちしております(笑)。
投稿者 さつまやスタッフ : 04:04 | コメント (0)
2006年02月14日
鹿児島の梅酒
特に女性に人気があるのが梅酒。さつまや全店舗で取り扱っているのは鹿児島の佐多宗二酒造の『角玉梅酒』。たっぷりとした梅エキスが美味しさの秘密でベースとなっているのは、3年間熟成させた常圧蒸留の米焼酎ですのでまろやかでスムーズなくちあたり。また、あまり濾過をしていないため、瓶の底にはうっすらと澱がたまったり、果肉が沈殿していますが、このたっぷりとしたエキス分が美味しさの秘密。まるで、熟した果汁を味わっているような濃厚な味わいが楽しめます。1958年に日本から初めて米国に輸出したというネンキの入った梅酒なのです。
これが大好評で、仕入れたそばから売れていきます。佐多宗二酒造はもちろん芋焼酎も造っていて『晴耕雨読』、『不二才』はなどは特に人気のある銘柄です。
他にもたま〜におすすめとして取り扱っているのが、魔王で知られる「白玉酒造」の手作り梅酒『さつまの梅酒』。数ある梅酒の中でも、高い、根強い人気を誇る梅酒です。コクがあり、独特の芳香と爽やかな酸味がバランスよく醸しだされています。
「芋焼酎はちょっと・・・」という方にも楽しんでもらえるように、鹿児島産の梅酒や、麦、米、黒糖、泡盛など芋以外の焼酎も取り揃えてますが、やはり本音は芋をオススメしたいところです。
P・Sよしえさん!今度彼氏さんといっしょに是非ご来店ください(^0^)
投稿者 さつまやスタッフ : 04:51 | コメント (1)
2006年02月12日
酒との付き合い方(愛すべき2匹のトラとボク)
ボクの敬愛するリリー・フランキー氏曰く、人と酒の関係は以下の3つらしい。
@ザル(どんなに飲んでも平気。父親が酒豪の場合が多く、家族そろって飲酒の鉄人。酒が好き)
Aフツー(適度に飲めて、適度に酔える。基本的に酒よりも“酒の場”が好き)
Bゲコ(体質的にアルコールを受け付けず、ビール1杯で卒倒)
しかしぼくはもう一つ補足したい。
Cトラ(いっぱい飲めるし、いっぱい酔う。質の悪いことこの上なし)
いうまでもなく鹿児島人に多い体質(笑)。鹿児島で言うところの「山芋掘り」だ。(山芋は根が深く掘るのに時間がかかることから、飲みだしたら長い人のこと、また酔っていつまでも管を巻く人のこと)
ぼくは至って普通のAだが、ボクの父親はまさしく大ドラでもう手のつけようがない。そして妹もトラだ。この2匹のトラと酒を飲む破目になったときのボクの恐怖といったらない。いろんなことが二人のペースで進んでいく。酔う→笑う→絡む→怒る→泣く→仲直り? 楽しく飲んでたと思ったら唐突もなく親父が怒り出す。きっかけがわからないがこの時点で2匹はボクを置いて二人の世界に没頭する。妹は泣く。泣きながら反抗する。娘が泣くことは親父にとっては何の意味もまたない。むしろ火がつく。・・しばらくほっとくとなんか二人で抱き合って慰めあっている。なんなんだ=3 これが2時間おきに繰り返される。地獄だ。長男のボクの立場など猫の額ほどもも無い。
今となっては家族全員がそろう機会などなかなか無く、この2匹の茶番劇もここ数年は行われていない。が、ぼくは虎視眈々と機会をうかがっている。日本男児における長男坊の立場を示すチャンスを。「まあ待てよ親父!」一度は言ってみたいセリフだ。余談だがボクは父親に面と向かって「親父」と言ったことがない。未だにボクら家族における父親の権限は絶大だ。
まあ何が言いたかったのかはさておき、皆さんも酒との付き合い方はきをつけましょう(笑)。まず、自分がどのタイプの酒飲みかを把握し、次に酒との距離を考える。世の中よっぱらった者勝ちみたいにいわれますけど、トラを飼う破目になった人のことも考慮にいれて楽しく飲むことをおすすめしたい。
投稿者 さつまやスタッフ : 03:23 | コメント (0)
2006年02月11日
紳士ズム
これは鹿児島にはない風習なのか、大人の男性のエチケットなのか・・。
飲食業で働きだして3年目をむかえるが、この仕事についてから学んだことは数知れない。それは仕事のことはもちろんだが、客が客としてふるまう行動(原則的にはそういう決まりはないのだろうが)を一番学んだかもしれない。つまり自分は食事に行ったときはそうしてなかったということに気づかされたということ。
いろんなことがあるが、やはり男として、紳士な男性の立ち居振る舞いは気になるところ。特に働き始めてすぐに気になったのは、女性がトイレに立ったときに男性がさりげなくチェックを済ませるというシステム。鹿児島の男ならこんなまどろっこしいことにはならない。もちろん情に厚くみえっぱりな男のほうが払うのだが、このさりげなさは演出しない。そう。紳士はさりげないのだ。紳士は女性に気を遣わせてはならない。また女性はこのさりげなさに気を遣ってもならない。それは紳士の気遣いを無駄にする行為だから。大人の付き合いとはそういうものだ。
しかし最近はこのシステムを逆手にとる女性の存在も発見。頃合いになるとトイレに立つ。これは男性の気遣いに対する気遣いか、はたまた「あんた、払っときなさいよ!」と言わんばかりの行動か、もしくはそんなに深くは考えていないのか・・。もちろんこれは友達同士の男女の話ではない。友人以上、恋人、恋人寸前、恋人未満、恋人希望、結婚相手、不倫・・・。形はそれぞれだろうが、いずれにしてもそういう空気感で食事をするときの話だ。
男子たるもの紳士でありたいとは思うものだが、鹿児島人であるボクが紳士でありたいボクにこう言う。「紳士である前に隼人であれ!」薩摩隼人にとって紳士的な行動は時として気恥ずかしいものだ。さりげなさとかそういうまわりくどいことよりも一直線でありたい。飯!風呂!寝!仕事!飲ん方!遊び!一つ一つの行動がすべて単語の羅列であるように。でもちょっとは紳士でいたい。そこでこの二つの矛盾を飲み込んでこう思った。「粋な紳士」になろう!
投稿者 さつまやスタッフ : 05:20 | コメント (2)
2006年02月10日
温故知新の精神に基づき
今日は今や日本各地で愛飲されている「焼酎」の歴史をひも解いてみようかと。。なんにしても順序と秩序が守られないブログでして、こういうテーマはブログ開設時付近でやるものでしょうが、後から後から思いつく次第でして・・。今後も無秩序で、テーマに一貫性がないままブログが更新されていくことを、今のうちにお伝えしときます(笑)。では焼酎の歴史について。
焼酎が伝えられた当時、戦国時代末期、薩摩には赤褐色の味醂のような酒がありました。清酒の一種で、醸造した酒を絞る前に樫・椿などの灰を入れたもので、酸味が中和されて甘くなり、色が赤褐色になりました。 濁り酒もあり、諸白といわれる精白米を使った白濁の酒と、粗白米・玄米を使った色の薄黒い味の辛く酸っぱい酒がありました。
薩摩の人々は酒の醪を蒸留すれば焼酎になることを知ってから、初めのうちはこれらの地酒を蒸留して焼酎をつくっていたものと思われます。 薩摩は火山国で、桜島や開聞岳からの火山灰が積もった土壌は稲作に不向きで、島津藩は常に米不足に悩んでいました。藩内の物産を他藩で米に替えて不足を補っていました。
慶長17〜18年(1612〜3年)に米の代用食品として、甘藷(さつまいも)がルソン(フィリピン)から坊津町に伝えられたといわれます。甘藷は鹿児島では唐芋(からいも)と呼ばれます。 島津藩の記録では、元禄 年(1698年)、琉球王尚貞から種子島彈正久基に甘藷が送られ、種子島の石寺野で栽培されたのが伝来の初めとされ、当地には碑も建っています。
この記録とは別に、宝永2年(1705年)に山川郷の漁夫前田利右衛門が琉球へ密航して盆栽にした甘藷を持ち帰り、栽培して種芋を育て普及させたという資料が残っています。
甘藷の伝来が正確にいつのことであったかはともかく、米不足の薩摩で、琉球から伝わった蒸留酒の原料に煮米のかわりに煮甘藷を使用するのは当然の成り行きでした。 米麹と煮甘藷と水を一度に甕へ仕込む「どんぶり仕込み」は大正時代の初めまで続いていました。 米のかわりに甘藷を使い、強い酒を生み出す唐芋焼酎づくりは急速に普及し、天明3年(1783年)には島津領内に3000軒の焼酎屋があったといわれます。
投稿者 さつまやスタッフ : 06:31 | コメント (1)
2006年02月09日
グローバルおごじょ
ボクが勤務する「さつまおごじょ」店には土地柄か外国の方々も多々来られる。ほとんど日本語が話せないのに毎週来られる方。英語も日本語も堪能なカップル。デーブスペクター以上に日本語を巧みに操るスティーブ(仮名)。このスティーブがホントにおもしろい!深く話したことはまだないのだが、カウンター越しに聞こえてくるコメンテイターのような風刺を効かせたセリフと、彼のまさしく欧米人的なマスクとのギャップがボクのツボを捕らえて放さない。(笑)
スティーブ(以下ス)「シカシアノ時代ハホントニ良カッタ。」
日本人男性(以下A)「あの時代って?」
ス「ボクモ君モ、モラトリアムダッタ時代ダヨ。」
A「よかったね〜。」
ス「ソウ。新シイ時代ノ風ガ押シ寄セテキテタ。」
A「モダンの走りの時代だね。」
ス「ソウソウ。モダント言ッテルコトガモダンダッタ時代。」
バイトスタッフ(以下バ)「何かお飲み物お持ちしますか?」
ス「ア、焼酎クダサイ!」
バ「焼酎いろいろありますけど・・、芋焼酎でよろしかったですか?」
ス「ウ〜ン・・問ワナイ!」
この「問ワナイ」で、横で聞いてたボクは鼻水を噴出しそうになった。いまどき日本人でも使わないだろ(笑)「何でもいいです」で普通に流れていく会話だが、彼は狙ってか天然でかちょいちょいボクの笑いのツボを刺激する。
残念ながらスティーブは二ヶ月に一度来るか来ないかの頻度でしか現れないので、なかなか彼のトークショーを拝聴することは出来ないのだが、できれば一緒に飲みに行きたいぐらいボクの興味は彼に注がれている。またこの二ヶ月のタイムラグがボクのツボの感度を良くするのだろう。その間に彼は新しいネタを仕込んでいるにちがいない。
投稿者 さつまやスタッフ : 03:48 | コメント (1)
2006年02月08日
soy sauce!!
ボクが東京に来て最初に受けた食のカルチャーショック。「醤油が辛い!」東京の人に言わせれば鹿児島が甘すぎるんだとか・・。今日はこの日本食には欠かせない「醤油」について。
まず醤油には、濃口しょうゆ、淡口しょうゆ、たまりしょうゆ、再仕込みしょうゆ、白しょうゆ等があり、各地域によって、様々な特徴があります。その他に、魚類から作られた、魚醤などがあります。
鹿児島の醤油の最大の特徴は、甘くて旨いということです。ただ甘いだけではなく、旨み があるのが特徴です。また、味噌は麦みそが主流で、麦の甘みがあります。特に鹿児島の味噌は、熟成期間が1ヵ月程度と短く、その分、麦麹の風味が味わえます。
県外の方が、鹿児島の醤油を食べられて甘さに驚いたという話をよく聞きます。では、どうして鹿児島の醤油は甘いのか?理由は諸説ありますが、暑い南国である鹿児島には、甘い味が好まれたと言われています。漁師の人たちが、釣りたての魚を食べるときに、甘い醤油を使うというのは、有名な話ですが、甘めの味付けというのは飽きが来ないようです。また、鹿児島の焼酎、地鶏の刺身などの鹿児島の食には、鹿児島の醤油、味噌が合うようです。これは、鹿児島の食文化が甘い、若しくは甘辛い味をおいしいととらえるからです。甘みの中にも、コクと旨みのある味。県外の方にも、この味が病み付きになられる方も多いようです。
甘い醤油をどういう風に使うのか?地元九州では、一般に親しまれている甘い醤油。甘い醤油の利点は、なんといっても料理の味を調えやすいという点です。甘い醤油を使うことで、余分な調味料を使用しなくても、驚くほど料理の味がキマルのです。また、鹿児島の醤油は、一般的に塩分も低めなのでお料理に最適です。
以上のようなことでさつまや全店舗でも鹿児島のたまり醤油を使用しております。でも、甘い醤油はちょっと苦手と言う方、ご心配なく!普通の醤油もちゃんと用意しておりますので(^0^)
投稿者 さつまやスタッフ : 03:53 | コメント (0)
2006年02月07日
鹿児島人の切実な願い
今。このブログを書いている今、東京は今年2回目の積雪に見舞われ、雪に慣れない都会人たちはタクシーでさえお尻をフリフリしながら真っ白に染まった道路に四苦八苦している(笑)。明け方までには5センチは降り積もるらしいこの雪も、昼には気温も上がり解けてしまうらしい。(タクシーの運ちゃん談)
ちまたでうわさになっている杉村太蔵議員のブログを覗いてみる。なんと毎日欠かさず更新されているではないか!ゴーストライターか?恐るべしタイゾー。。ボクより一つ年上の衆議院議員。テレビで親近感とマヌケさを同時に見せる青年。くしくも今日のブログでは鹿児島人女性の相談に答えている。「成せば成る。しかし、成しても成さぬときがある。そのときこそ、俺たちの本当の勝負だ」・・・。なんのこっちゃ。しかしこのおマヌケな回答は本人に違いない。恐るべしタイゾー。。
議員でむりやりこじつけるが、国の政策によってここ最近鹿児島にも大きな変化が起きた。市町村合併により17市32町5村に凝縮された。まあこれは時代の流れによる政策だろうからそこまで意見するところはないのだが。今一番鹿児島人が切に願う政策とはやはり九州新幹線の全線開通だろう。開通すれば鹿児島―博多間の移動時間が1時間20分にまで短縮されると言われるが、現在運行されているのは鹿児島―新八代(熊本県)間のみ。はっきり言ってしまうと鹿児島人が短時間で行けるからといって熊本の八代に急に行きたくなることは無い。断言する。僕らは福岡に行きたいのだ。
1972年に「全国新幹線鉄道整備法」で基本計画が決定してから足掛け34年!!34年経っても予定の半分も工事が着工されとらんとはどういうことだ!!行政よ!早急にその思いケツをあげろ!!鹿児島県民は九州新幹線鹿児島ルートの全線開通を待ちわびちょるぞー!!!
投稿者 さつまやスタッフ : 04:55 | コメント (1)
2006年02月05日
変わりゆく地元。変わらない友人。
僕は生粋の薩摩隼人だが生まれは東京だ。父と母は東京でばったり出会い結婚して僕ら兄弟が生まれたそうだが真相は分からない。両親共に鹿児島人だから当然僕は鹿児島人だ。僕が3歳の時に一家は鹿児島に移り住み、僕は高校卒業までを鹿児島で過ごした。東京での記憶は全くない。変わりに3歳からの鹿児島での記憶は鮮明にある。モノゴコロとやらは鹿児島でついた。僕のアイデンティティーは昔も今もそしてこれからも鹿児島にあり続ける。
僕みたいな上京組にとって、地元とは変わらないであってほしいものだが、地元に住み続ける者にとってはやはり便利になってほしいと言うか住みやすく変わってほしいものだ、ということをつい一ヶ月前の帰省で実感させられた。東京の暮らしにもだいぶ慣れた僕は、その住みにくさを味わうために帰省する感もあるのだが・・。
僕の地元に初めてコンビにが出来たのは僕が中学生のころだった。あれは感動した!用もなく立ち寄ったものだ。そして鹿児島を離れ、帰るたびにいろんなものができていった。最初はモスバーガーができ、TSUTAYAができ、マックができ、そして新幹線が通った。それでも友人は「こんななにもない田舎で・・」なんて苦笑いしながらそこに住み続ける。
今や東京・鹿児島間の移動時間は飛行機で一時間半だ。いや、それにも満たない。僕にとっては羽田から鹿児島に行くよりも、自宅から羽田に行くまでのほうが時間がかかる。子供の頃は寝台車にゆられ一日かけて横浜の親戚の家に遊びに行ったものだが。距離は遠くとも鹿児島に行くのに時間はそうかかるものじゃない。(金はかかる)でも歳を重ねるごとに地元は僕から離れていく。帰るたびに知らない街に変わっていく。母校には知っている先生もいなくなり、通ってた駄菓子屋も知らない居酒屋になっていた。
センチメンタルだ。それでも僕にとっての地元は鹿児島であり続ける。「これ以上変わらないでくれ」と思っては毎年帰り続け、友人は「こんな田舎町早く変わってくれ」と思ってはそこに住み続ける。
結局人は変わらないのか(笑)。一年に一度会っては同じ話をして焼酎を飲む。僕らに訪れた変化といえば、友人は目尻に笑いじわが一本増え、僕は若干前髪が後退しただけだ・・。
投稿者 さつまやスタッフ : 04:44 | コメント (0)
2006年02月04日
意外なところで実感する年月
昨日は節分でしたね。鹿児島の節分と言えば・・・、別にこれと言ってないな〜(汗)。御多分に漏れず普通に「鬼は外〜福は内〜」なんて言って豆まいて、「歳の数だけたべるのよー」って感じでしょうか。
節分トークがあまり広がりそうにないので最近起きたショッキングな出来事を一つ。再三にわたり僕のサッカー好きを報告してきたが、そもそも僕のサッカー熱に火をつけたのは「キャプテン翼」である。今のJリーガーにも同じ境遇の人は少なくないだろう。日本全国のサッカー少年に火をつけ、彼のおかげで80年代以降「日本ワールドカップ優勝」を夢見たサッカー馬鹿が飛躍的に増えたことだろう。(サッカー馬鹿が書いているので何の皮肉も発生しない)僕はだいたい翼くんと共に歳を重ねてきた。気が付けば若干翼くんの歳を追い越してしまったが、翼くんも今やプロになりスペインのチームに所属してオリンピック代表になっている。漫画という枠を飛び越えて実際にアディダスがスポンサーについてる。翼くんのサクセスストーリーは未だに継続中だ。
ここまではいい。ここまでは誰もが希望していたことだ。でも今週号の「キャプテン翼」で永遠のサッカー小僧翼くんに・・子供ができてしまった。。これはだめでしょ?翼くんは永遠に翼くんでいてくれないと!パパになっちゃだめだよ=3 安達祐実がグラビアに登場した時の違和感を思い出す。思わず「コラッ!!」って怒りたくなるような(笑)。僕ら世代の中ではまだ永遠の子役でいてくれないと。
今や僕も横綱よりも年上なわけで・・。そりゃー翼くんも結婚して子供もできるか。。でも小学校からの夢というかノスタルジーみたいなものが急にリアルな生々しい話になってしまって歳を重ねてきた自分と翼くんになんか感慨深いものを感じました。でもまぁ、相撲部屋の親方よりも年上にはなってないからまだいいか(笑)。まだまだ歳の数だけ食べる豆の数は日本全人口の中では少ない方でしょ!!
投稿者 さつまやスタッフ : 07:01 | コメント (1)
2006年02月03日
「郷土料理」と「おふくろの味」
「おふくろの味」というものを世間一般の人はまだ自分の中に持っているものだろうか?今や猫も杓子も外食やコンビニで済ませ、毎日必ず家で三食しかも手料理を食べると言う人はなかなかいないだろう(飲食店で働いていながらこの書き出しは無いと思うが・・)。田舎にもその傾向は浸透し、今の、平成の子供に「お母さんの味は何?」って質問をしてもしっくりくる返答は返ってこないだろう・・。
僕は持っている。「おふくろの味」。ぼくより上の世代の人もだいたい持っているはずだ。僕が子供の頃よりもっと前はまだ、日本上空から見える屋根の数だけ「おふくろの味」の数もあったはずだ。家庭によって料理もまちまちだろうが一番多いのは味噌汁。かな?カレーなんかも各家庭によってちがうのかもしれないが。
今日は静岡出身の常連さんと話が盛り上がり、僕は静岡について一番気になってたことを聞いてみた。「やっぱり静岡の駄菓子屋さんにはおでん売ってました?」と。
『おそまつくん』のちび太がいつも手にもっていたあの串刺しのおでん。僕はあの状態の実物をまだ見たことがない。何ヶ月か前に見たテレビで静岡の駄菓子屋さんに親子三代で通っているという番組を見た。近所の人はみんなそうだという。駄菓子屋が子供達の社交場ということは今も昔も変わらず、ただ他と違うのはそこの(静岡の)駄菓子屋にはコンビニに肉まんがあるような感じで、当たり前のようにおでんが売られていること。あのちび太のおでんが。静岡ではあたりまえの光景だったらしい。
その常連さんも「ありましたねぇ・・・。」と答えてくれた。聞いといてなんだが、あって良かったとなぜかつくづく思った。「なかったですよ」なんて返ってきたら予想以上のショックをうけたに違いない。ミッキーマウスの中に入ってる人を見ちゃったみたいな。ミッキーはあくまでもミッキーだと言い張るひとのように静岡の駄菓子屋はおでんありきだという希望で、「ありました」という答え前提で聞いた質問だったから。
どうやら常連さんの話では、静岡では他の県が家庭で食べる割合よりも結構多く家でおでんを食べるらしい。しかも各家庭によって具材のバリエーションも違うということ。きっと静岡出身の人はおでんが「おふくろの味」だと言う人もたくさんいるんだろう。この話を聞いて、それぞれ地元の料理が「おふくろの味」だったりするのかな、なんて思いながら自分の「おふくろの味」にすこし笑えてきた。僕の「おふくろの味」は、から揚げ。たぶん薩摩地鶏も使っていない郷土料理とはなんの関係もない普通のから揚げ。もっとかあちゃんは得意料理があったろうに僕が「おふくろの味」として認識しているのはから揚げである。しかも銀紙が巻いてあって手でもって食べるから揚げ。僕の中ではあの母ちゃんのから揚げが一番絶品で他の追随を許さない。遠足や運動会の時は必ずお弁当に入っていて、味付けがもう僕の舌には絶妙に合っていて。久々に食べたいなぁ・・・。
投稿者 さつまやスタッフ : 02:50 | コメント (0)
2006年02月02日
他県よりもロスしていた30分??
最近は、というか今年に入ってミョーにまじめな話が多かったので、今回は息抜きにどうでもいい話を一つ(笑)。またもや小、中、高時代の話なんですが・・・、この手の話の時は自然とペンが、というよりキーボードを打つ手が走るなぁ。
そもそもの始まりは友人との会話で「掃除当番」なる言葉に僕が疑問を抱いたことによるのだが。意味事態はもちろん知っているが、そんな当番は僕の学校にはいなかった。小、中、高と一環してである。理由は簡単で皆が掃除するから。いや、しないといけないからか。掃除しないで良い人なんて毎日いなかった。しかし関東地方の友人によると、一週間交代で掃除当番が回ってきて、それ以外の人は帰って良いそうだ。帰って良い?これまたおかしいなと思い「えっ、いつ掃除するの?」と聞いてみたら「いつって放課後じゃん。えっ、いつ掃除するの?」と逆に聞かれ、「えっ・・昼休みの後・・の掃除の時間・・。」・・・「何それ!?」ってこっちのセリフだ!!無いの?掃除の時間?じゃあ昼休み終わったらすぐ授業始まるの??じゃあ鹿児島で30分間掃除している時に他の県の子は授業始まってて、そんで鹿児島の子よりも30分早く帰るわけ?あっ、掃除当番だけは残っているのか。そういえば昔見てた『さわやか3組』でも放課後に掃除してたかも・・・。
なんでそのような便利なシステムが鹿児島で導入されないのか未だに謎だ・・。ひょっとしてウチの学校だけか!?関東だけではなく全国でも掃除当番性の方が多数派なのか?おかげで今でも掃除当番性を採用している学校に若干の憧れを感じてしまう・・(涙)。
投稿者 さつまやスタッフ : 04:55 | コメント (0)
2006年02月01日
鹿児島特有の「っ」について。
鹿児島の諺に こんなのがあります。
泣こかい、跳ぼかい、泣こよっか、ひっ跳べ
進むか退くか 進退きわまった時は 進んで断行あるのみという、 薩摩の気質を端的に表わしている有名な諺です。う〜ん。実に鹿児島の人間らしい諺です。 これを あえて標準語訳すると
泣こうか、跳ぼうか、泣くよりか、跳べ
となります。 「よりか」が「よっか」に、「跳べ」が「ひっ跳べ」になってます。
とはいっても「よりか」が「よっか」になるのは 何も鹿児島だけに見られる訳ではなく、仙台・千葉・静岡などでも云うみたいです。
「ひっ跳べ」の 「ひっ」は 勢いよく行うという意味の接頭語です。 「ひっ掻く」とか「ひっぱたく」なんて云いますね。 鹿児島には この手の接頭語がたくさんあります。
促音つまり「っ」のことですが。 鹿児島弁は実にこの小さな「っ」が多い。 「靴」は「くっ」だし、「釘」も「くっ」、「口」も「くっ」という。 多分 鹿児島の人間は まどろっこしい発音を嫌って なんでも略してしまう傾向があるんだと思います。
例をあげるとキリがないくらいです。 だいたい「鹿児島」のことを「かごっま」と発音するし。 (ただ これは表記上「かごんま」と書くことが多いが)鹿児島以外の地方の人には 発音自体が難しい場合が多いですね。 「かごっま」なんて発音 すげぇ難しいって(笑)
投稿者 さつまやスタッフ : 04:30 | コメント (0)
